台湾産バナナ

台湾について

出典:グーグルマップより

台湾は九州程の面積を持つ島国で、沖縄の西方、フィリピンの北方に位置します。北部は亜熱帯に属し、南部は熱帯に属すためバナナをはじめパイナップルやマンゴーなどの栽培が盛んです。また、島には5つの山脈があり、土地の大部分は山地になっているため、高低差による気候差もあります。

 

台湾バナナの歴史

日本に初めてバナナが商業的に輸入されたのは1903年で、当時日本領だった台湾からやってきました。その後徐々に輸入量は増え、最初は高級品だったバナナも庶民の口に入るようになりましたが、日中戦争や太平洋戦争が始まったことによってバナナを運ぶ船が徴用され輸入は減少。さらに戦局の悪化によって完全に途絶えてしまいます。

上図 昭和初期の市場 下図大正時代のバナナのたたき売り         台湾バナナを運んだ扶桑丸 昭和19年戦没

終戦後バナナの輸入は再開されましたが、輸入数に厳しい制限がかかっていたため、再び高級品になってしまいます。当時とは物価が違うのではっきりとは言えませんが、今の価値観で言うと1本何千円という感覚だったようです。その後1963年になってバナナの輸入が自由化されると、輸入量は爆発的に伸び、エクアドル産と台湾産が市場にたくさん出回ってバナナは庶民の食べ物になります。ところが、1970年頃からフィリピン産が存在感を増すようになり、数年で主役の座は完全に取って代わられました。そこから台湾産バナナの輸入量は年々減り続け、現在ではごく少量が輸入されるのみとなっています。台湾産が減ってしまった原因はフィリピン産との価格差にあります。

フィリピンは元々スペインの植民地であったため、輸出作物を生産する大農園が多数ありました。自由化された日本市場向けのバナナを生産するために、これらの大農園で大規模栽培が行われ、安い価格でバナナを輸出することができたのです。対して台湾バナナはほぼ国内で消費されており、無理に他国と競争してまで輸出する必要がありませんでした。フィリピンに比べると小規模な農家が、昔ながらの生産方法を継承しつつ生産しており、価格は高いものとなってしまいます。

 

台湾バナナの美味しさ

それでも台湾バナナには など独特の魅力から輸入が続いています。日本統治下の台湾では、日本への輸出向けに日本人がバナナ栽培を指導していました。そのため日本人好みに品種改良が行われるなど、他産地とは違った発展を遂げ、現在でも台湾独自の品種が多数あります。

 

船昌商事の取り組み

日本に輸入されるバナナは産地、味、価格などで様々な差別化がなされていますが、そのほとんどはキャベンディッシュという品種です。対して輸入される台湾バナナの大部分は北蕉といい、品種から違います。

台湾産北蕉                      フィリピン産キャベンディッシュ

見た目に大きな違いはありませんが、北蕉はねっとりした舌触りと濃い甘み、強い香りなどの特徴を持っています。前述の通り、台湾産バナナは輸入量の減少が続いていますが、こうした特徴から昔ながらの台湾バナナを食べたいというお客様もいます。今回、日本の市場でも通用する台湾産バナナを求めて、世界でも最大級のバナナの研究機関である台湾バナナ研究所に行ってきました。

 

研究所の様子

入り口の素敵看板                          研究所地図

 

台湾のバナナの品種色々

日本に輸入されるものは大半が写真中段左の北蕉と呼ばれる品種です。写真の下には風味が良い、日持ちする、パナマ病に強いなど各品種の特徴が記載されています。

 

バナナの「芽」株分け

バナナは種が出来ないように品種改良されているため、「芽」から育てる株分けという方法で増やします。たくさんあるバナナの木から病気にかからなかったものや食べ比べて特においしかったものの「芽」を選ぶことで改良を重ねていきます。

 

たくさんのバナナの芽

多種多様な品種を実験的に育てており、品種数は数えきれないほど。研究所では開発改良の他、「芽」の状態でバナナ農家への販売も行っています。

 

研究所の園地の様子

研究のため品種ごとに分けて栽培されています。バナナの実には傷や害虫を防ぐため袋がかけてあります。

 

台湾のセブンイレブンで販売されているバナナ

 

今回、研究所や産地を視察した上で、試験的に輸入した品種もあります。

まだ定番化には至っていないため詳細は省きますが、今後もこの取り組みを続け、幅広い商材の提供をしていきたいと思います。

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